130 吉野家が負債約120億円で潰れた。そこにいた社員が、資本金500万円で始めた牛丼屋。 43年後、売上1兆円。すき家の話。 1980年。吉野家は8年で5店舗→266店舗に急拡大して、牛肉の調達が追いつかんくなった。 コスト削減で乾燥肉を使い、タレを粉末にした。 「安い・早い・うまい」の「うまい」が崩壊して、客が離れた。 この倒産を目の前で見てた社員がおった。 小川賢太郎さん。東大中退して港湾労働者を経て、1978年に吉野家に入社。わずか2年で会社が潰れた。 普通なら業界を去る。 小川さんは逆をやった。 1982年、部下2人を連れて横浜に牛丼屋を開いた。 社名は「ゼンショー」。全勝、善意の商売、禅の心で商売。3つの意味を込めた。 そこから43年。 「吉野家と同じことは絶対やらん」を貫き続けた結果、ゼンショーHDの売上は1兆1,366億円。吉野家HDの約5.5倍。 「最悪の経験」が最強の教科書になった。 あなたの仕事で「最悪やった経験」、教科書にできてる? ――――――――――――――――――――――――――――― 小川賢太郎さんのご冥福をお祈りします🙏 匿名さん2026/04/07 18:43
131 小川賢太郎さん死去 ゼンショーHD創業者、77歳―牛丼「すき家」展開、買収で外食最大手に 牛丼チェーン「すき家」などの外食事業を手掛けるゼンショーホールディングス(HD)の創業者で、会長の小川賢太郎(おがわ・けんたろう)さんが6日、心筋梗塞のため死去した。77歳だった。葬儀は家族葬で執り行い、後日「お別れの会」を開く予定。 1948年石川県生まれ。東京都立新宿高卒。東大を中退後、牛丼の吉野家で働いた経験を生かし、82年に「すき家」1号店を横浜市に開いた。BSE(牛海綿状脳症)問題で2003年に米国産牛肉の輸入が禁止されるとオーストラリア産の採用を決断し、シェアを拡大。「すき家」を国内最大の牛丼チェーンに躍進させた。 匿名さん2026/04/07 18:55