214 >>212 諸君にとっては大きい喜びを感じておられることでしょう。…たとえ古代において沖縄人が日本人と同一の祖先からわかれたとしても近世以後の歴史において日本はあきらかに沖縄を支配して来たのであります。すなわち沖縄人は少数民族として抑圧されて来た民族であります》となっている。島津の琉球侵入以降の歴史を日本の沖縄に対する支配ととらえ、これを米軍にたいする🟥解放軍規定と結びつけて独立論を導き出すというのがその論理構造である>。 確かに米占領軍が日本と沖縄の民主化革命を推進してくれるだろうとの共産党の期待は間違っていた。しかし<近世以後の歴史において日本はあきらかに沖縄を支配して来たのであります。すなわち沖縄人は少数民族として抑圧されて来た民族であります>という徳田氏の認識は正しいと思う。日本共産党が、日本による沖縄差別という立場を放棄し、極端な同化主義に傾いてしまったことは残念だ。 匿名さん2023/11/07 07:462
217 >>80>>187>>212 日本共産党による徳田球一の評価 「50年問題」党史上最大の誤り 2021年1月10日 日本共産党の歴史のなかでも、最大の悲劇、最大の誤りは「50年問題」です。 ――1950年1月6日、コミンフォルム(ヨーロッパ共産党・労働者党情報局)の機関紙に掲載された論評「日本の情勢について」。その背景にあったのはスターリンによる日本への武装闘争のおしつけをはじめとする干渉作戦だった。 ――これに🟦呼応した️徳田球一>>214、野坂参三らが中央委員会内部に分派を組織する。 ――6月6日、マッカーサーによる日本共産党の国会議員を含む全中央委員24人の公職追放指令がだされる。これに対して徳田らは正規の会議を開くことなく、中央委員会解体宣言と「臨時中央指導部」(臨中)の組織をはかる。 ――徳田らが亡命先で組織した「北京機関」によって武装闘争方針(51年文書)が日本に持ち込まれる。 ――徳田らに🟦排除された宮本顕治>>53らの統一と団結を回復するための原則的な活動が展開される。。 匿名さん2023/11/07 21:2410
220 >>217>>219 日本共産党書記長の️🟥徳田球一>>214ら党主流派はコミンフォルム批判に対し、「日本の実情も知らずに同志(野坂)の言動を批判することは重大な損害を人民並びに我が党に及ぼす」「一見方針が親米的に見えるだけで実質はそうではなく党の方針に誤りはない」とするコミンフォルムへの反論「政治局所感」を1月12日に発表。 逆に🟥宮本顕治>>53は雑誌『前衛』に「コミンフォルム『論評』の積極的意義」を投稿した。内容は、「日本革命の『平和的発展』を類推することは根本的に誤り」「議会を通じての政権獲得の理論も同じ誤りであることは論を待たない」などと、平和革命路線を否定してコミンフォルム批判を擁護し、徳田陣営を「右翼日和見主義」「チトー主義者」「ブルジョワ民族主義的な、狭く、正しくない態度」と攻撃するものであった。 これに徳田は激怒し、徳田を支持する者たちと宮本を支持する者たちとが、それぞれ「所感派」・「国際派」と呼ばれるグループを形成したが、党員の大部分は所感派に付いた。両者は激しく罵り合い、党の分裂は誰の目にも明らかとなった。 匿名さん2023/11/07 23:36